科学者は論文を発表していない夜は何をしていますか?

この記事は、ニューヨーク大学医学部の生化学および分子薬理学の教授であるイタイ・ヤナイ氏と、デュッセルドルフのハインリヒ・ハイネ大学のバイオインフォマティクスの教授であるマーティン・J・レルヒャー氏によってゲノム生物学誌に掲載された解説記事です。原題は「Night science」で、現在の題名は翻訳者によって追加されたものです。

この記事は、ノーベル賞受賞者のフランソワ・ジャコブが提唱した「ナイトサイエンス」という概念を借用し、科学的研究プロセスにおける仮説や問題の探求における著者の経験を説明しています。世間一般の目から見て、よく組織化され、論理的に厳密な「昼の科学」とは異なり、「夜の科学」は仮説を提唱する前の探究過程を指します。アイデアがまだ成熟していないとき、科学には、不安定で、曖昧で、盲目的な別の側面があります。 「ファンプ」は以前、著名な物理学者アンソニー・ジー教授による「直感と推測：徐一紅が物理学の夜間飛行について語る」という記事を掲載しており、この記事と似ています。

著者 |柳井 板井、マーティン・レルチャー

翻訳：周淑一

もし誰かが夜中に起こして「科学はどのように機能するのですか？」と尋ねたら、私たちはすぐにこう答えます。「まず仮説を立て、次に予測を立て、それを実験データと比較して検証します。予測がデータと一致しない場合は、仮説を放棄するか修正します...」先生たちは私たちにこれを教えてくれましたが、それは間違っていませんでした。しかし、この物語は科学の最も刺激的な仕組みを曖昧にし、私たちの仕事の中で最も創造的で、おそらく最も重要な部分、つまりフランソワ・ジャコブが「夜の科学」と呼ぶ部分を無視しています。実験を通じて仮説を分析的かつ論理的に検証することに重点を置く「昼の科学」とは異なり、夜の科学は、潜在的な仮説を探求し、アイデアがまだ形になっていない混沌とした領域です。昼間は仮説を偽り、どれが真実であるかを観察します。夜になると、仮説を立てます。夜の科学の活動は、論理的推論などの正統的な科学的方法に比べて抽象的で幻想的であると思われるため、めったに議論されることはありません。しかし、私たちはこの不条理の背後にはより深い意味があり、それについての特別な研究が科学的探究の次元を広げる可能性があると信じています。今後の連載記事では、科学の知られざる側面を徐々に明らかにしていきます。

失敗した研究？

私たちの研究は行き詰まり、家を離れて世界から孤立する辛い時期を過ごしました。長い話になりますが、そこで私たちは、2人ともとても興味を持っているプロジェクトに1週間を費やして運試しをしてみることにしました。このプロジェクトの基盤は十分にしっかりしているようです。以前の研究で、遺伝子発現には非常にノイズが多いことに気づきました。そのため、遺伝子は当初は必要なときだけ「オン」になると考えられていましたが、自然選択の「機能的」メカニズムによって必然的に影響を受けるだけでなく、遺伝子発現は非常にノイズが多く、その多くがランダムである可能性があることに気付くようになりました。ゲノム進化の研究は通常、機能選択とランダムドリフトの観点に基づいて行われるため、遺伝子発現も同様に扱うのがよいと思われます。遺伝子発現は、避けられない要因と偶発的な要因の両方の影響を受けるからです。

板井 柳井（左）、マーティン レルチャー（右）

そこで15年前、私たちはこのアイデアを探求するためにハイデルベルクに来ました。公開データベースには多数の遺伝子発現プロファイルが保存されています。私たちはノートパソコンを使ってデータをダウンロードし、よく行くカフェに一日中座ってデータを分析しました。いや、これが最も苦痛な部分ではありませんでした。データの中に何か興味深いものが潜んでいることはわかっていましたが、何を探しているのかさえわかりませんでした。研究の方向性は一日を通して変化する可能性があります。 2 人は別々にコードを書きました。1 人は Matlab を使用し、もう 1 人は R 言語を使用しました。そして、「答えを確認する」となると、結果はほとんど常に異なります。結果が一致するまで再度デバッグして比較します。しかし、この結果は何を意味しているのでしょうか?多くの場合、単一の結果から複数の混乱した解釈が生じることがあります。そこで私たちは再びブレインストーミングを始め、自分たちに問いかけました。「私たちの問題は一体何なのか？」これらのデータは本当に遺伝子発現における自然選択の鍵となるのでしょうか?時には、具体的な計画やテストすべき問題を抱えて一生懸命働きます。時には私たちは長い空想の世界に浸り、その間に新たな問題や方法が生まれます。

このプロセスは、私たちがこれまで学んできた研究方法とは大きく異なります。つまり、分野を選択し、その分野内の問題を選択し、一連の可能な代替仮説を提案し、テスト用のデータを収集するのです。おそらく、仮説は最後まで生き残り、時の試練に耐え、新しい理論が生まれるでしょう。しかし、上記の研究ではそうではなく、問題自体が何であるかさえ明らかではありません。私たちが持っているのは、予想していたものとは似ていないいくつかの観察結果だけです。彼らを理解するために、私たちは進化の光を彼らに当てようとします。仮定は何ですか?私たちには仮定はなく、明確に定義された問題さえありません。これは確かに科学的な方法ではありません。それで、この研究は失敗したのでしょうか?これは事実ではなく、むしろ「科学的方法」と私たちのほとんどが経験する科学的研究の間に体系的なギャップがあることを示す良い例である、と私たちは主張したいと思います。実際、多くの新人科学研究者の憂鬱はこのギャップによって引き起こされているのかもしれません。

昼間の科学と夜の科学

フランソワ・ジャコブは、1965 年にアンドレ・ルヴォフとジャック・モノとともにノーベル生理学・医学賞を共同受賞しました。彼が描く絵は、現在の「仮説主導型」の研究パラダイムよりも、科学的プロセス全体をより完全に反映しているのかもしれない。ジェイコブは自伝の中で、科学研究を昼の科学と夜の科学という2つのモードに分類しています[付録]。昼間の科学とは、ニュースで読んだり、学校の授業で学んだりする科学であり、「仮説主導型」という言葉で要約できます。白衣を着てピペットを持ち、コンピューターの画面を熱心に見つめる男女は、昼間の科学の典型です。昼間の科学者は、自分が追い求めている獲物について明確な考えを持っているハンターのようなものです。

しかし、明るい日光は昼夜サイクルの半分に過ぎません。夜の半分はどうですか？少し時間を取って、テストしている仮説を検討してください。それは虚空から来たのか？そして、それはどのようにして次第に太くなり、絡み合うようになるのでしょうか?この問題には単一の解決策はありません。多くの場合、論理的な答えさえ得られないかもしれません。おそらくそれが、科学的プロセスのほとんどの説明から論理的な答えを除外する理由でしょう。ジェイコブはこう言っています。「科学は闇夜に盲目的にさまよい、ためらい、つまずき、身をすくめ、汗をかき、そして突然目を覚まします。科学はすべてを疑い、常に自分自身を見つけ、自分自身に疑問を持ち、自分自身を元気づけようとします。夜の科学は、科学の建物のレンガや石となることが期待されるさまざまな可能性を慎重に磨くワークショップです。」デイタイムサイエンスでは、既存の科学的コンセンサスを使用して仮説をテストし、シームレスで論理的なペースで少しずつ知識の境界を広げていきます。しかし、既存のコンセンサスと論理だけに頼るのであれば、知識の大陸の外にある飛び地には手が届かないでしょう。だからこそ、私たちはしばしば、アイデアがゆるく結びついており、一度に 1 つの論理的ステップに従うのではなく、とりとめのない連想で心が飛び跳ねる夜間科学の世界に飛び込む必要があるのです。私たちは時々、昼間の科学の世界に戻り、夜間の科学のアイデアのメリットを日中に再検討し、場合によっては昼間の科学の中心的な方法を使用して厳密な仮説テストを行い、その後、夢の世界に戻って探索を続けます。もちろん、夜間科学は夜間に実施する必要はありません。むしろ、午後 10 時以降に仮説をテストしても問題はありません。しかし、これらはまったく異なる思考様式であり、昼と夜のように異なります。

昼間の科学と夜の科学の模式図。日中の思考は論理的で段階的なプロセスに従うため、現在の仮説に非常に近いアイデアにのみ到達します (図の下部にある孤立した谷)。しかし、私たちは夜間科学のより開かれた世界に飛び出すことができます。そこでは、直感、連想、説明のつかない観察、他の分野の原理の緩い適用によって、アイデア間の飛躍が可能になります。新しいアイデアが浮かんだら、昼間の科学的手法を使ってそれを厳密にテストすることができます。

夜はクリエイティブな時間

ナイトサイエンスは科学の重要な部分であり、この分野で発揮される創造性は、新しい仮説を生み出すのに役立つだけでなく、新しい研究方法の開発にも不可欠です。しかし、科学について語るとき、私たちはそれを、科学者が論理的なステップから次のステップへと進んでいく、純粋に合理的なプロセスとして説明する傾向があります。実際のところ、私たちが知っている科学はこのようなものではありません。夜側はそれほど清潔で厳格とは程遠い。この混沌とし​​た側面を隠すために、ジャーナル編集者や査読者の励ましを受けて、私たちは研究のストーリーを注意深く語り、あたかも研究全体が最初から昼間にきちんと計画されていたかのように、同僚の目から「夜」の側面を隠します。私たちは、すべての科学論文が日記のように書かれるべきであると主張しているわけではありませんが、夜の科学の物語は美しいだけでなく、それを明確に研究することで若い科学者のトレーニングに非常に重要な視点が加わると確信しています。仮説がどのように生成されたかを互いに共有できれば、次に科学の夜に飛び込むときにはもっと自信を持って、この創造的なプロセスをより面白く生産的なものにするための戦略をさらに洗練させることができるかもしれません。

実行重視で計画的な昼と、探究重視で創造的な夜の区別は、科学分野に限ったことではありません。これは創造性が求められるあらゆる職業に当てはまります。たとえば、視覚芸術では、昼間の芸術と夜間の芸術を区別することがあります。 「昼間」はスタジオでアイデアを実行する時間であり、「夜間」は実行前（または実行中の場合もあります）にアーティストがアイデアを温める時間（絵画や彫刻の構成など）です。アーティストが計画を立てる頃には、創作プロセスの大部分はすでに完了している可能性があります。同様に、音楽では、「昼間」は音楽を演奏したり、アレンジの詳細を調整したりする時間であり、「夜間」はインスピレーションが湧く時間です。科学、芸術、音楽、これらすべての分野において、創造的な夜間の活動は重要な役割を果たしてきました。人間の活動には、ある程度の創造性が求められるため、最小限の「夜間」の探索は、おそらくほぼすべての人間の活動の不可欠な部分です。

それで、ハイデルベルクでの研究経験はどうでしょうか?その経験から、公表された結果は何も生まれず、価値ある仮説も生まれませんでした。これは科学ではないということでしょうか?答えはもちろんノーです。これは時間の無駄でしょうか？そうではありません。夜間の科学的探査の時代は魅力的であっただけでなく、暗闇に包まれた特定の領域を開拓するものでもありました。後になって、私たちはそのことをよく思い出し、プロジェクトの提案や論文の出版のインスピレーションを得ました。この意味で、夜間科学は決して無駄にはなりません。私たちは常に視野を広げ、考え方を再構築することができます。こうした調査は、将来の研究で正しい質問をするための軌道に乗るのに役立ちます。これは、このシリーズの次の記事で取り上げる重要な夜間の科学活動です。

付録：フランソワ・ジャコブの「夜の科学」に関する議論

この段落は、フランスの分子生物学者フランソワ・ジャコブが 1997 年に著した『蝿とネズミと人間』から翻訳したものです。 ——訳者注

フランソワ・ジャコブ（1920-2013）|ノーベル賞.org

「ここにいる皆さんの中で、理論物理学者からその手法について学びたい人がいるなら、彼らの言うことを聞くのではなく、彼らの行動に注意を払うよう強くお勧めします。」アルバート・アインシュタインは言いました。ほとんどの人にとって、科学的研究は、科学の教科書や科学の歴史や哲学に関する本と同じように、冷たく、厳格で、細心の注意を払った、純粋に論理的なプロセスです。このため、哲学者たちは仮説演繹法について延々と議論し、真実と「真実らしさ」について語り、科学的発見の過程のあらゆる細部に拡大鏡を当ててきました。同時に、科学者は自分たちの研究を、整然と論理的に流れていく一連のアイデアと実験であると説明します。科学論文では、理性は暗闇から光へと広い道を進み、決して間違いを犯さず、疑念を抱かず、足踏みすることもありません。合理性だけが完璧です。

しかし、科学者が「行っていること」を詳しく見てみると、研究には実際にはいわゆる「昼の科学」と「夜の科学」の両方が含まれていることに驚くかもしれません。昼間の科学の議論は歯車の噛み合いのようにシームレスに調和します。結果は明白で、1 は 1、2 は 2 であり、曖昧さはまったくありません。その形式的基準は、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画やバッハのフーガと同じくらい素晴らしいものです。歩いているとまるでフランス庭園にいるような気分になります。私たちは科学の進歩に対する洞察力を持ち、過去の業績を誇りに思い、将来に自信を持っています。昼間の科学は光と栄光の中で進歩します。

対照的に、夜行性の科学は暗い夜に盲目的にさまよいます。ためらい、つまずき、身をすくめ、汗をかき、そして突然目を覚ましました。すべてを疑い、常に自分自身を見つけ、自分自身に疑問を持ち、そして再び立ち上がろうとします。ナイトサイエンスは、科学の基盤となる可能性を磨くワークショップです。仮説が大まかな印象や漠然とした予感のレベルにとどまっている場合;さまざまな現象が孤立し、つながっていない場合。実験計画が曖昧かつ混沌としており、概要がはっきりしていない場合。思考が曲がりくねった暗い路地に沿って進み、何度も道に迷うとき、偶然に翻弄されながら、アイデアは迷路の中をさまよい、数多くの表現からヒントやうなずき、予期せぬつながりを探します。それは、牢獄の中でさまよいながら、脱出口と一筋の光を探している囚人のようなものです。それは希望と失望、興奮と憂鬱の間を際限なく揺れ動きます。科学が暗闇から抜け出して日の目を見ることができるかどうか、あるいは囚人が自由を取り戻せるかどうかは、私たちには知る由もありません。もしこのすべてが突然明らかになったとしたら、それは完全な偶然であり、雷鳴のように突然、何の前触れもなく起こった奇跡だった。前進の道を導くのは論理ではなく、本能、直感、理解したいという欲求、そして人生への情熱です。終わりのない内なる議論の中で、数え切れないほどの仮定、比較、組み合わせ、連想が私の心の中で渦巻き続けます。ついにある日、最初の火が灯されました。炎は暗闇を切り裂き、一瞬にしてすべてを照らした。その光は、まるで何千もの輝く太陽のように、まばゆいばかりで息を呑むほどでした。ショックを受けた後は、古い考え方との闘いが起こります。以前は推論に頼っていた概念体系が、今では矛盾を抱えています。新しい仮説が当初の粗い原型から完成度と成熟度に変化できるかどうかを断言する権利は私たちにはありませんし、それが論理的テストに耐え、昼間の科学として受け入れられるかどうかも確信が持てません。

翻訳者の言葉

「科学的研究は、単に現象を観察し、実験結果を蓄積するだけで理論を導き出せると広く信じられている」とジェイコブは『蝿とネズミと人間』の中で書いている。 「これはまったく事実ではありません。何十年にもわたる一貫した研究が、科学的価値のある結果をまったく生み出さない可能性もあります。」マックス・プランクが言ったように、科学には厳然たる事実に加えて「形而上学的な」部分もあります。これはしばしば夜の科学の領域です。

夜の科学については、何人かの作家が詩的な筆致でかなりロマンチックな旅を描写しています。しかし、多くの場合、現代科学は、熾烈な競争と困難な組立ラインとして見られています。論文を発表しなければならないという大きなプレッシャーの下では、無関心で、視野が狭く、現実的な科学者の方が好まれるかもしれない。私は科学界に、将来もジェイコブのような学者を受け入れる余地が残されていることをただ願うばかりです。彼らは昼間に働くよりも、真夜中に飛ぶことを好みます。その広大さと豊かさは星々にまで届きます。ジェイコブはこう言いました。「文学や絵画のように、科学にもスタイルがあります。それは世界をどう見るかということだけではなく、世界に対してどう疑問を持つかということなのです。」

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